Posted by : Kyoko Mstra 2014年2月20日木曜日

《会員エッセイ》

最近気がついたのですが、自分は翻訳をやりたいと夢見てきたわけではないのに、なぜかいつも翻訳が業務のひとつとしてありました。自分では天職だと思っていないのですが、天職というのは人とのご縁で得られるものであって、自分で見つけるものではないのかなと思うようになりました。

初めて翻訳の仕事をしたのは、ほぼ新卒で入った建材の輸入代理店でした。英検準1級に受かったばかりの英語力でしたが、社員17名ほどの小さな会社だったので英語関連の業務はすべて私の担当でした。

たまに通訳の仕事もあり、自分では翻訳よりも華やかな通訳にあこがれる気持ちがあったのですが、その後、語学留学をした後についた派遣社員の仕事で任されたのも翻訳を含む英文事務でした。

英語は好きで仕事に使いたいと思っていましたが、翻訳という高い英語力を要求される仕事を自分ができると思っていなかったので、いつでも「これ訳して」と言われたときにはうれしいと共に驚いていました。その後、翻訳を頼んで下さる方がいたので専業の翻訳者になりました。通訳や英語を教える仕事に挑戦しようとしたこともあるのですが、単発で終わったりして、長く続きませんでした。

在宅フリーランスの翻訳者として働き始めて何年かたちます。以前は「自分に向いている仕事」あるいは「天職」を見つけたいと思っていたけれど、最近は、実は自分が一番自分のことをわかっていなくて、他人から与えられるのが天職なのかなぁと思い始めました。

私のイメージでは翻訳者(翻訳家)というと、文学好きの活字中毒で、ペーパーバックを何十冊も読んでいたり、海外の大学を卒業していたりする人です。でも私は全然そういうのではなくて、原書を読むのはいまだに勉強であって、趣味ではありません。情けないですが。

人から頼まれなくても自ら訳してしまう、そういう人こそ翻訳者に向いているという話を聞いたことがありますが、自分はこれにも当てはまりません。仕事で頼まれなければ、または課題として与えられなければ訳せません。

翻訳という職業は、学生の頃に夢見たことはありましたが単なる夢物語に過ぎませんでした。自分は英語が好きだけれど、他にこれといって専門がないし、文学的な才能もないので無理だと思っていたのです。

でもフリーランスになっても依頼して下さる方々や、依頼がない時期にはがんばれと励まして下さる方々が周りにいます。特別、英語力が秀でているわけでもないし、それどころか自分の翻訳の実力は本当にまだまだで、レベルの高い文章は訳せないのですが、それにもかかわらず使って下さる方々がいる。本当にありがたいと思います。


出不精で家に居続けることが苦痛にならない自分にとって、在宅フリーランスの生活は快適です。依頼して下さる方々、応援して下さる方々がいるのなら、翻訳は私の天職なのかもしれません。それならば周囲の方々が私に求めることに精一杯応えていきたいと思います。

リスノ

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